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ナミさんの強硬さに一体どういう含みがあったのやら。ゾロさん本人からして、どこかで何だか釈然としないってお顔をしていたけれど。それでも…最終的には逆らい切らないまんまに話は付いたらしくって。結局、決勝戦は不戦勝でサンジさんが優勝って形になって。ご神体を買い戻せなんて罰当たりなことを言ってた他所者の富豪とやらも、最初に取りつけた約束の通り、優勝賞金の金額だけで渋々ながらも“黄金の剣”を返してくれたのだそうで。
『村や町の人たちが殆ど集まってたからな。あすこでごねても分が悪いばかりだと思ったんだろうサ。』
確かにな〜。警備にって駆り出されてた海軍の海兵さんたちも、そんなお仕事のついでにって感じで、大会の方、見物してたもんね。妙な騒ぎが起きれば怒涛のように駆けつけることも出来たろうし。そうなったら、一切合切を明らかにされたとして…どっちがヤバいかは歴然だもんね♪ でもって、そういった一連の“決着”は、あたしたちより後から帰って来たナミさんやお兄ちゃんから聞いた話でね? 準決勝で手首を傷めたっていうゾロさんの手当てをしなきゃってことで、チョッパーやルフィと連れ立って一足先に帰って来たあたしたちを出迎えてくれたお母さんとロビンさんだったんだけれど………。
「………これって、何ごと?」
だってサ。お爺ちゃんもお父さんもお兄ちゃんも、鍛治の方の見習いの若い衆たちも。ほぼ全部が港の会場へと出払ってたもんだから、人気もなくてそりゃあ静かだった筈の、丘の上のあたしんチが…様々に打ちのめされた連中がそこここで引っ繰り返ってる、一種の“修羅場図”になっているじゃあありませんか。落ち着いてよ〜く見れば…悲惨な大怪我してるとか、凄惨な殺戮の後というような惨状ではなくて。ただ単に ぼっこぼこに殴られてたり、凭れかかってるところの木立ちに正面から吹っ飛ばされたんだろなっていうよな昏倒の仕方をしてるような輩たちばっかでね。しかもしかも、
「…あ。こいつ、タンヌキの酒場でホール係してるチンピラだ。」
情けなくも人事不省になってる連中は、どいつもこいつもどっかで見た顔触れの奴らばかり。こんな場合でなくたって物騒な奴らではあったから“厄介な顔触れだな”とギョッとしたものの、全員すっかり意識がないし、動けないようにと縛り上げられてもいるみたいなので、一緒にしたら罰が当たりそうながら…山道の両脇に置き去られた路傍の石地蔵みたいな間を縫うようにして駆け上がって家まで辿り着けば、
「大会が始まる合図の花火が上がった途端にネ、
いきなりいっぱい、あちこちから入り込んで来たのよ。」
説明しながら、そりゃあ怖かったんだからと身を震わせるお母さんだけれど…その手にしっかと握ってる鍬くわは果たしてどう使ったんでしょうか。過剰防衛とか、仕出かしてないでしょうね。これで気合いが入れば…さすがは若い衆たちを采配してるだけはある女将さんでもある人だから、結構 肝は太いお母さんだしサ。………え? あたしは母親似なのかって? う〜〜〜、放っといてよねっ。(笑) それはともかく、
「こっちが手薄になるって事を読んでたってか。」
ゾロさんが忌ま忌ましいというお顔になってる。大方、さっきまであたしたちも参加してた大会の方には腕っ節の立つのを回して、その余りをこっちに向かわせたんだなと、そういう配分なのがありありとしていて、
『そういう手配もあったから、こっちが勝った結果へも、特に逆ギレしないでいられたんでしょうね。』
ナミさんが呆れたと言いたげに肩をすくめてた。会場の方では、丁度“ご神体”を取り返した取引が終わった途端ってノリで、伝令役らしい男がご注進にって駆け寄って来たんだって。何やら耳打ちされてたタンヌキ親父が、見る見る真っ赤になってそりゃあ怒り心頭って顔になってたらしくって。きっとサ、大会に負けたって大丈夫、こうまで周到な作戦はないゼ〜vvなんて、勝手に悦に入ってたんでしょうにね。
「でもでも、ロビンさんって こんな強かったんだ〜vv」
それもまた凄っごく意外なこと。ロビンさんが一人で居残ったのは“一応の用心”という奴だったそうで。ご本人は、
「私ももう少し祠を調べてみたかったから、そのついでだったのよ。」
あくまでも優先順位は逆と、そんな言い方をしてらしたけど。大会の方へ人が出払ってしまい、手薄になった此処をあわよくば先に占拠しちゃおうと構えてたらしい、タンヌキ親父んトコのチンピラどもを全部薙ぎ倒し、手近な樹の幹に…丁度、ほら、あの、冬場の虫を集めるためにって短い筵(むしろ)を巻いとくじゃない。あんな風にぐるぐる巻きに括りつけといてくださってた手腕はお見事で。でも…どっから見たって、あたしよりか弱そうなのにな。毅然としてはいらっしゃるけど、いかにも“学者です”っていう感じの、理知的なお姉様なのにね。お母さんが言うには、ピストルとか火薬とか鞭とか くさり鎌とか、特にそれらしい武器を使って対抗してた訳でもないのだそうで。こうまで強いのも“悪魔の実”を食べたからなんだって。そんな風には見えないのにね。ルフィといいチョッパーといい、可愛いとか綺麗っていう見た目を裏切るほどの能力がつくのが“悪魔の実”なんだねぇ〜。
「これで後は石室のご開帳を待つばかりってことね。」
叩きのめした連中たちは、戻って来た若い衆たちが捕り縄でくくり直して港の警察まで連行してった。こいつら鼻つまみの小悪党だったから、交番や警察のお巡りさんたちにしても“いい機会”とばかり、きっちり取り調べてくれるだろう。さあさ、邪魔者はいなくなったよんvvと、ウキウキしながら皆で取り囲んだ晩ごはんは、お母さんとサンジさんが腕によりをかけてってノリで頑張ってくれて物凄い豪勢だったの♪ 優勝したお祝いにって、町の商店街からもたっくさん“副賞”を頂いて来てて、その中には幻の“エレファントホンマグロ”っていう大きな大きなお魚もあったんだよ? お造りの船盛りに大エビのフライ・タルタルソースのミモザ風味とか地鳥の照り焼き、山菜おこわの詰まったヤマノブタの丸焼き、シオマネクゾオオガニの姿焼きに、メヒカリやバチガイ、イソノリなどなどがいっぱい入った磯汁。デザートも大盤振る舞いで、お母さんのご自慢の大福とお饅頭と、こっちはサンジさんが作った生クリームたっぷりの大きなケーキvv
「よ〜し、こんな目出度いこたぁないっ!」
ウチの丘を狙ってたっていう目的も果たせず、手飼いの手下たちもほとんどが警察に捕らえられて。これでタンヌキ一家も島から出てくしかなかろうからと、ウチのみならず町の方でも皆して万々歳のお祭り騒ぎだったそうで。………そこまで嫌われちゃっては終しまいだよねぇ。恐れられてるようなクチの悪党だったら、まだ何とか形になったろうけれど、そういう手ごわい輩だったなら最初っからこんな中途半端な段取りは組まないよってね。(笑)
「なあなあ、。その石室って一体いつ開くんだ?」
自分のお顔より大きな骨つき肉の塊を片手に、ルフィが訊いて来て………あれ? 言ってなかったっけ? キョトンとしたあたしの向こうっ側から、
「スルタンの祠のご開帳は明後日の明け方、正確には陽が出るずんと前からだ。だから、今日はご飯が終わったらゆっくりと休んで、明日の夜更かし、明後日の早起きに備えないとな。」
そうと飛んで来たお兄ちゃんの声へ、
「…え? そうまで日が迫ってたことだったの?」
そんなことを、それこそ“今更”驚いてしまってた あたしだったもんだから、
「…、お前な。」
そんなまで呆れましたってお顔にならなくたって良いでしょうよ。お母さんやお父さんも。あっ、お爺ちゃんまで〜〜〜。///////
「だってだって、剣のこととか大会のこととかで頭が一杯だったんだものっ!」
それにそんなに価値のあるものが入っているとは思えないって、皆も言ってたじゃないのよっ!/////// ふんぬぬぬっと、思わず力んで拳を震わせてしまったあたしだったけど、なあなあってルフィに急っつかれて…気を取り直す。
「今週末、つまりは明後日の明け方よ?」
「「「「……………え?」」」」
そんなにも間近に日が迫ってたのかぁ〜と、やっぱりびっくりした皆さんで。それから………ドキドキしてそうな胸元を押さえるのがウソップくんとチョッパーで、おやおやグッドタイミングじゃないですかと余裕の笑顔になったのがサンジさんやナミさんにロビンさん。そして、
「ひゃぁ〜〜〜vv
なあなあ、そんじゃあサ。俺らも見てって良いのか?
その“開けゴマ”っての♪」
岩屋が開く仕組みを誰かにそういう説明をされたらしいルフィが、さぞかし楽しい出来事なんだろう?と、これまたワクワクっと大きな眸を輝かせ、嬉しそうな笑顔の照度をぐぐんっと上げたもんだから、それを耳にしたゾロさんが、声は出さないままながら、くつくつと渋くも苦笑ってね。しかもその口許を、お酒を満たした ぐい飲みでさりげなく隠しちゃって。きゃあ〜〜vv カッコい〜いvv ///////
「なあ、ってば。」
「え? あ、ええ。勿論良いに決まってるじゃないvv」
だって今回の大立者じゃないの、皆さんは。タンヌキ親父が大枚かけまくってまで欲しがったっていう、問題の“お宝”ってのにも俄然 関心が沸いて来ちゃったから、そういうことに詳しそうなロビンさんとかナミさんとかには、こちらからだって鑑定家として居てほしいくらいだし。明後日か、そうだぞチョッパー、そうよ、明後日よvv きゃわきゃわと無邪気に騒いでたあたしたちはともかくも、
「隧道の途中までの壁に、うっすらと刻んであった古文書によれば、60年に一度っていう此処の“ご開帳”は、大地の周期に則った仕掛けみたいね。」
ロビンさんは考古学者で、だから何でもよく知ってて、昔々の絵文字も読めるんだって。それとね、暦というのはもともと、太陽や月や星の巡りから計算されたもので、円をぐるりと巡ってるってことと、365、6日という周期も割り出せたそこから、今の12カ月っていうカレンダーが出来たんだって。時計や何やが“6の倍数”なのも、その最初の1年間を等分するのに都合がよかったところが始まりなんだって。
「東の和国に影響を与えた、そりゃあ古い唐漢国の暦も“十干十二支”っていって60で一回りするようになっていて。」
カレンダーが“七等分(七曜)”なのも実はこれに由来していて、でも別のお話になるので、機会があったらまた今度ねと笑ったロビンさんは、ポーネグリフとかいうものを探しているんだって。ここの“お宝”っていうのも もしかしてそれじゃあないかって思って関心があったそうで、そんなお話を聞いて、
「グリフっつっと、もしかして石板か何かか?」
お兄ちゃんがそんなことを言い出した。え? なんでそんな、学者さんの専門用語を知ってるの?
「グリフォンとかグリフィンとかいう伝説の生き物の名前にも関係があって、そいつらが監視して護ってた情報や物って意味がある言葉だそうだからな。」
先に亡くなった前の神主さんからの又聞きだから、あんまり詳しい訳じゃないけどなと苦笑しながら、
「ただ、そういや60年周期なんてところに何か書き残すのなら、堅い石に刻むのが一番だってのは理屈に合ってるだろうが。」
え?
「だから。紙や布に墨やインクで書いたって、長い間放っておかれてたら色も褪せて読めなくなっちまう。紙とか布自体もぼろぼろになるから残せないだろうがよ。」
あ、そかそか。日干しとか出来ないまんまで置いとかれるんだものね。せめて人の手が届くようなところにあって、毎日のように誰かが読んでたりすることなら、別のところに記録もされよう、誰かがお話として伝えてもくれよう。そうやって無事に後の時代へも伝えられて残るけど、
「お宝だからなのか、神聖なことだからなのかは判らないけれど。秘密な話だから、外へは持ち出せないことで、でも、後の時代に此処を開けた者には伝えたい。そういったことであるのなら、さして風化しなかろう石に刻んで残すのが一番だからな。」
お兄ちゃんの言葉へ、ロビンさんはどこか微笑ましそうなお顔になっていて、そして意外と物知りなお兄ちゃんには、あたしもちょっぴり鼻高々な気分になったのでありました。………でも、だからって時々 あたしへ“物知らずだよな〜”ってお顔すんのは辞めてよね。
◇
さてさて。町の方ではまだどこかお祭りムードが残ったままに、宴会騒ぎもあちこちで続いてたそうだけれど。ウチはそうも行かなくて。いよいよ明日に迫った“ご開帳”を前に、禊の儀式や何やに家中がばたばた大忙しって案配で。様々に儀式のノウハウを知ってるお兄ちゃんが、でもでも怪我をしていて動けない分は、助っ人の皆さんがいろいろ手伝って下さったんで随分と捗ってもいて。蔵から出して来た神祇書とか巻物とか、三宝に高脚付きのお盆などなど。綺麗に整え、お供えを用意して。ご開帳の祝詞を唱えるお祓いに参加するお爺ちゃんや父さんたちが着る純白の裃かみしもへのお香を焚きしめて…と、お仕事は一杯あったんだけれども。さすがに晩にもなると一通りは片付いた。昨夜に引き続きというレベルの豪華な御馳走を前に、前のご開帳って言ったらあたしが生まれる前の話だもんね、想像がつかないよと言ったらば、爺ちゃん以外は全員生まれる前の話なんだぞと、お兄ちゃんから言い返されちったよう。///////
――― そんなこんなで、準備も万端整って。
明日の夜明け前、スルタンの祠に詣でるその前にも禊の儀式が残っているからと、爺ちゃんとお父さんは先に寝ちゃった。鍛治の棟の方も今夜ばかりはしんと静かで。煌々と輝く月から降りそそぐ青い光りにそぼ濡れて、辺りの木々も森も沢も、静かに寝静まっていた…筈なんだけれど。
「こっちだ、こっち。」
「先に石段を封じてしまや、手も足も出るまいよ。」
「昨日送り込んだ連中は妙な女の幻術に手玉に取られたらしいが、
今度は腕っ節の立つ顔触れなんだ。大丈夫。」
こそそこそそと小さな声が。スルタンの祠へ通じる石段前の、ウチの敷地に無断侵入してくれてる模様であり、
「優勝者、準優勝者がいる陣営に殴り込みとは、やっぱりお馬鹿な連中だ。」
「何をっ?!」
突然の声へドキィッとばかり、素晴らしい反射で文字通り跳ね上がったのが、先頭にいたウラナリ坊ちゃん。皆して寝静まってるとでも思ってたんだね。ところがどっこい、あたしたちは若い衆たちと組んでの夜更かしで、万が一にも間違いがないようにって番を張ってたのよ。お母さんとお手伝いさんとロビンさんしか居残ってなかった留守宅を狙うような奴らだから、ぎりぎりまで油断は禁物だってナミさんが言ってくれての用心で、忍び込んで来た広々とした庭は、手際よくともされたかがり火で明るくした中を、こっちの手勢で水も漏らさぬ包囲を構えた。進むにも逃げるにもどこかを突破しなくちゃならずで、
「馬鹿はどっちだ。あんな衆目の中じゃあないなら、頭数の多いこっちの方が断然有利だって…。」
だって事を思い知らせてやるとか何とか、続けたかったらしきウラナリは、試合では使えなかった切れ味のいい剣を自分の頭上へ振りかざしたもんの、
「人目を忍ばにゃならんような、恥ずかしい奥義の伝承者なんか? お前。」
「ち、違うっっ!」
あっはっはっはっ、そうかもねぇと皆が大笑いしたのは。掛け合い漫才みたいなやり取りになった、そんなウィットのあるお言葉を掛けたサンジさんが、それは高々と振り上げた片方の靴の底でがっつりと刃を受け止め、そのまま余裕の反動つきにて蹴り返したってだけで、たたらを踏んで後背へよたよたと後ずさりした無様さがあまりに情けなかったから。両手がかりのいかにも渾身の力を込めましたって攻撃が、ひょいって一蹴りで撃退されてちゃあねぇ。
「確かに頭数だけなら、そっちの方に分があるようにも見えるんだろうが。」
ついでに言えば、昨日警察に取っ捕まったのは武術大会に出なかった小悪党ども。手飼いをごっそりと検挙されたもんだから、試合へ出るためだけに掻き集めた剣客たちに延長料金でも支払ったのか、むしろ以前よりも頼もしい陣営を引き連れて押しかけた連中だったらしいのだけれど、
「残念だったな。俺らはこれでも
“外の海”から、グランドラインをここまで旅して来た身なんだぜ?」
やっぱり にんまりと笑ったサンジさんの言いようへ、剣客たちが一瞬ざわりと沸き立った。何にか息を呑んだっていう気配。えっ? えっ? どういう意味? キョトンとしていたら、
「…。」
まだ骨折の怪我が癒えないから、悔しいながらこの防衛戦に参加出来ないお兄ちゃんが…がっくしと脱力して見せて、
「あのな。」
そりゃあ穏やかな気候のこの島やこの海域しか知らないお前では仕方がないが…グランドラインというのは、外の海から入るのはそりゃあ難しい航路なんだよ。海軍の最新式の頑丈な軍艦とベテランの航海士とが立ち向かっても、ちっとでも油断をすれば…船は大破し、乗り組員たちは全員が激しい海流逆巻く海へ放り出される。しかも、入ってすぐの最初の航路、双子岬から枝分かれしてる航路のどれを選んでも、そりゃあ凄まじい磁気嵐に翻弄される。
「そんな物凄い難関を突破して来た人たちだってことなんだ。」
「………どひゃあ。」
ビックリしすぎて却って驚嘆の声ってのが出なかったね、うんうん。そんな凄いことクリアして来たんだ、ルフィたちってば。そして、タンヌキ側の助っ人たちも、この島へのお客さん…外来者たちだったからこそ、それがどんなに凄いことかが重々分かっての“ざわわ”だったって訳らしく、
「何を怯んでやがんだよっ!」
あんたらだって海千山千な手練れだろうにと、ウラナリ坊ちゃんが焦りつつの発破をかけたのだけれども、
「…いや、何だか。」
「ああ。何かな。」
何だか気勢が削がれてる雰囲気がありありと。こっちの面子へ何をか思い出そうとしてるって顔をしていて、とはいえ、
「え〜いっ、そっちの剣士をやっちまえっ!」
「そうだ、そいつは怪我をした筈だっ!」
あ、こら。卑怯よ、あんたたちっ! そうだったの。頼もしい筈の陣営の、けどでもゾロさんの方はお怪我をしちゃってるんだった。丁度あたしやお兄ちゃんが立ってた家の戸口前に、厚みのある上体を壁に凭れさせ、この騒ぎを他人事みたいに眺めてたゾロさんが。自分へと殺到して来る連中の勢いに向けて…口許を歪めて“くくっ”と小さく笑うと、
「残念だったな、五体満足だ、こっちはよ。」
――― はい?
宙を走ったのは銀色の稲光。しゃりんっと。そりゃあ涼しげな鍔鳴りの音を響かせて引き抜かれたは3本の刀。試合の会場では木刀を、それも2本だけしか装備していなかったゾロさんだったけど、
「…はっ、あの3本の刀はもしかしてっ!」
「何だ?」
「か、海賊狩りのゾロですよっ! 今は海賊で、確か6000万ベリーの賞金首だ。」
――― え? なんですって?!
慄おののきながら交わされた声もろとも、結構ガタイの大きかった輩たちがひとからげにされたまま、渦を巻く旋風に巻き込まれて宙を舞う。洗濯機の中で揉まれてるシャツみたいで、でも、剣の一閃だけでこんな疾風を繰り出せるなんて…人間技じゃないってば。その耳元で金色のピアスがゆらゆらと揺れてただけっていう、そりゃあ静かというか切れのいい動作のみにてあれだけの賊を易々と軽々と仕留めたゾロさんであり、
『だから…優勝しちゃ不味いかなって思ったのよ。』
ナミさんが言うには、公式記録に賞金首の名前が残っちゃまずいだろうと思って…それであんな小芝居を打ったのだそうだけど、それもどこまでホントだか。もしかして正体がとっととバレてしまったとしても、怪我をしているんならあるいは自分たちにも勝ち目があるかも…なんて、相手に油断をさせるためだったとしか思えないんですけれど。それよか、あたしが思い出したのは、
『海軍からの手配書が出回ってるからって、何も絶対に悪人だとは限らない。』
ゾロさんが出た準決勝で、お兄ちゃんが何げに呟いてたあの一言だ。
“…あれって、もしかして。”
実は知ってたな、それも随分と早い段階で。そっか、そうまで強い人、格の違う人だったのか。それと…成程ね、手配書が“嘘んこ”だってこともあるんだ。役所や海軍がすることには間違いなんてある筈がないって。少なくとも犯罪者の手配なんていう段取りに、間違いなんてある訳がないって。あたしなんかは、ずっとずっと頭から信じ込んでたけれど、お兄ちゃんはそうでもなかったらしくって。それが“絶対に間違ってる”とまでは言わないけどなと前置いてから、
『例えば…大きな悪を退治するのに罠を張ったとする。』
凄く周到で規模もデッカイ相手だから、下っ端を何十人捕まえたってキリがない。だもんで、大きな金が動くような、銃や麻薬の密輸取引の場なんかを設定して、ボスや幹部を引っ張り出そうって作戦を立てたとしようや。
『それって、でもな? 悪いことをわざとさせようっていう挑発だったりするならば、悪いことを取りしまるところがやっちゃあ本末転倒じゃないか。』
だから。オトリの罠を仕掛けるのは、表向き“警察”とか“海軍”なんていう公安関係とは縁がない立場の人を雇ってやらせて。あくまでも自分たちはただ逮捕しただけですって格好で話を収めっちまう。そして、全てが片付いた時点で、その“裏工作”がばれないように、関係者各位をも逮捕しちゃう…なんていう理屈のおかしい事を徹底させる輩だっているかもしれない。全ては巨悪を倒すためだったんだからって言って、戦争や何やの最中には“正義”の名の下に当たり前に行われてたんだろう謀略を、でも平和な時にはさすがに持ち出せないから…。
――― だから、手っ取り早く、
海賊なんだから“悪い奴”なんだって理屈を持ち出した、と?
こりゃ単なる想像だから、彼らへの嫌疑ってのもそういう代物だ…とまでは、俺には言い切れない。そんな…バレたら天地が引っ繰り返るようなこと、外へ漏らす訳にもいかんだろうから、問い合わせたところで手配書にあること意外を教えちゃあもらえまいしな。ただ、今はこんな混迷の時代だ。海軍だから、本島の大きな署から来た偉いお巡りさんだからってだけで、その人が言うことを頭から信じちゃあいけない場合もある。
「覚えてないか? 以前、元海軍将校だって言ってたおっさんが、タンヌキんとこに客人ってカッコで何カ月か居たことだってあったろうが。」
「あ……。」
だから、自分でホントを判断出来るよう、自分の目を養わにゃならんのさ。お兄ちゃんはそう言ってから、ぽふぽふってあたしの髪を撫でてくれてね、
「お前にはこういう話はまだまだ早いって思ってたんだがな。」
「え…?」
周囲のすっとんぱったんからは、不思議と無事に守られてたあたしたちで。ロビンさんの能力で、あたしたちへと近寄る輩たちは地面や家の壁なんかから“生えて来た”腕やら足やらが、容赦なく千切っては投げ千切っては投げと撃退してくれてたから。そんな中で、お兄ちゃんはやんわりと笑って、
「お前はいつだってお暢気な子で。
屈託がないってのか無邪気ってのか、そういうところが抜けなくて。
でも、そんな子だってのが、俺や父さん母さんや爺ちゃんにはさ、
可愛くてしょうがないとこだったからな。」
大人の世界でまかり通ってる、いやな慣習や汚い裏取引きだとか。世間を知るほどに抗い切れなくなるそんな不浄の数々へ、そんなの正義じゃない、絶対に間違ってるんだと胸を張ってられる、目映いほどの純白な気質をその身にたっぷりと満たしたままなのが…だからね。
「子供扱いされるの、そろそろイヤだったんじゃないのか?」
「う………。」
考えなしな自分だと、ついついサンジさんに愚痴ってしまったの、お兄ちゃんの耳にも入ってたのかな? あ〜あ、やっぱりお兄ちゃんには敵わない。のほほんとしてるように見せといて、物知りだし、それに…色んなこと深く考えてるしさ。
「…あのね?」
「ん?」
「サンジさんとかゾロさんとか、カッコ良いなって思ったけどね。」
「うん。」
お兄ちゃんもまんざら悪くないよって、早口で言ってやった。/////// あ、お兄ちゃんまで赤くなってるよ。変な兄妹だよね、こんな忙しい最中にサ。(まったくだ/笑)だってそれほどに、皆さんたら余裕の戦いぶりだったんだもの。ゾロさんはどうやら“峰打ち”ってので殴り止まりに留めてやってるらしく、それでも鋭い剣撃からはそうそう逃れらえないのか、
「うわぁっ!」
「ひぃえぇっっ!」
そりゃあ景気よく“どっかんどっかん”とむくつけき男らが吹っ飛んでる。サンジさんの蹴技は、大会で見たものよりも何倍も小気味が良くって。四方八方から掴み掛かって来る敵陣の分厚い襲撃を、あの長い脚をフードプロセッサーみたいな切れの良さでぶん回し、無駄のないヒットを顔や顎へと的確に決めて、
「どあっ!」
「ぎぃあっ!!」
そのままうずくまるやら引っ繰り返るやら。丸腰の人間相手に、相手の被害は甚大な模様。凄い凄いっ。最初のウラナリの言いようを真似する訳じゃあないけれど、一昨日の大会の場での立ち合いは、彼らにとっては随分と手加減していた代物だったんだなぁってのがよく判る。それに加えて、
「お宝には指一本触れさせないんだからねっ。」
ナミさんまでもが三節棍っていう武器を見事に使いこなしていて、躍りかかって来る賊たちを右へ左へ躱しては棒の先にて突き飛ばしてる。そしてルフィも………、あっ!!
「てめぇっ!」
大きな蛮刀を振りかざした大男が間合いを詰めていて、思わずだろう数歩ほど後ずさったその背後に、何とさっきナミさんが倒した男が転がってた。背中をぐにゃって踏んづけてバランスを崩したルフィへ、銀色に光る大だんびらが容赦なく降って来て…っ、きゃ〜〜〜っ、あぶないっっ! あまりに怖い瞬間すぎて、目が離せなくって。傍らにいたお兄ちゃんにしがみついてたら、
「当ったらねぇもんな〜〜〜♪」
にししって笑いながら鼻歌混じりってノリにて、ひょいと伸ばされた手があって。ほいと気安く差し出されたものを受け取ったっていうよな、いかにもあっさりとした様子にて。頭上から降って来た大きな蛮刀を…蝶々かトンボでも捕まえるみたいに、親指と人差し指だけで摘まんで止めちゃったの。あたしも驚いたけど、当の相手はもっともっと驚いただろうねぇ。しかもそのまま…根元でばっきりと、飴細工だったみたいに軽々手折られたりなんかした日には、
「げぇっっ!!」
幽霊のアップでも見たかのような凄まじい形相になって、信じられないって声を出した相手へ、
「ゴムゴムのピストルっ!」
薄い肩口の向こう、ぐんっと引かれたルフィの腕が…どこまでもどこまでも下がってって。夢でも見てるんじゃないかってほど、ぐんぐんと伸びたルフィの腕。それが“ひゅんっ”て風の唸りと共に消えて………。
「ぐぎゃあぁぁあぁぁ…っっ!」
顔にまともに当たったパンチの勢いはどれほどまで凄かったんだか。とりあえず、空高く吹っ飛んでった輩には………合掌してやったあたしたちだった。木の梢とか茂みとか、クッションの効いたトコに落ちたらいんだけどねぇ。海には…ちょっと遠いしねぇ。(苦笑) そっか〜〜〜、ルフィの食べた悪魔の実って、体がゴムになっちゃう実だったんだ〜。こんな強いんじゃあ大会に参加したら…確かに不公平だよ、成程ねぇ。そうまで強い仲間たちに力を得てか、
「お前らみたいな チンピラやサンピンが、俺らに勝とうなんて1万年早ぇえんだよ。」
芝居がかった大見得を切ったウソップくんだったけれど………い、1万年?
「まさか、ウソップくんも悪魔の実の能力者だったの?」
「はい?」
「なんでだ? 。」
振り返った皆に注目されて、
「だって…1万年早いって。1万年も年上だったの? そんなまで長生き出来る実があるの?」
思ったまんまを言ってしまったら、
…………………………。
な、なによなによ、その急な沈黙と引き吊ったような顔はっ。なんで皆して、喧嘩の手を止めてまで凍っちゃうのよっ!
「…いやぁ〜、ちゃんたらユーモアいっぱいだねぇ。」
サンジさんたら褒めてない、それ。///////
「下手な剣なんぞ振るってないで、作家になる修行でもしてた方が良いんじゃないか? お前。」
お兄ちゃんまで…もう知らないんだからっっ!!////////
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*こんな緊迫感のない格闘場面も珍しい。(笑) |